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ベルリンからケルンまで、夜行列車を予約してました。早めに駅に行って、御飯食べて、30分前、ホーム確認。よしよし。

私もチケット。
ベルリンからケルンまでなのに、なぜかミュンヘン経由。この3都市はほぼ正三角で結べるくらいの距離。おかしいなー。でも、安チケットだかた経由しかないのかな。一泊分浮くしいいかー♪と気楽に思ってた。


けど、ドイツの地理がわかってきた今、
ベルリン→ミュンヘン 7時間
ミュンヘン→ケルン  2時間












おかしい!!!!え、もしやもしやもしやもしかして、間違えてチケット取っちゃった??



その、まさか。


ケルンじゃなくて、Klasysだった。ミュンヘンの近くの町。


このチケットを取ったとき、ケルンのスペルがよくわからなくて、Kから始まる似たようなとこを選んだ。

ドイツ名 「Kőln」 がなかったから。

でも、きっと私、英語版でサイトみてた。

英語名「Colonge」

Cじゃん!!もーほんっっっっと紛らわしい!!!てか、私も気づけよ!!!地図確認しろよ!!!
出発まで20分しかないし!!!!

もーーーーーーーーーーどーーしよう。




オフィスに行って、変更を頼んで見るも、安くなってるチケットだから払い戻しできないという。じゃ、ケルン行きは?と聞くと、早くて明日の朝6時、107ユーロ。


高っっ・・・・しかも、駅泊…




バスがあるはずだけど、もうオフィス閉まってるし、明日確実にあるかもわからないし。。。




とりあえず、ミュンヘン行くことにした。駅で寝るより、電車で寝たい。



1時間くらい遅れて、ミュンヘン到着。バス調べるもなさそう。金で解決するしかないな。
結局97ユーロだしてケルン行きの電車を買いました。毎日ケチケチ食費とか節約してた自分が悲しくなります。

ユーレイルパスを買えばよかった。



ミュンヘンで観光する気なんておきず、カフェでネットして時間つぶしました。ほんと落ち込むわ。


もってたアムス行きのバスチケットを調べたら「Kouln」て書いてあった。どうやらケルンで間違いない様子。

ちなみに、

オーストリアの
日本語「ウイーン」
ドイツ語「Wien」 
英語「Vienna」(ヴィエナ)

ドイツの
日本語「ミュンヘン」
ドイツ語「Műnchen」
英語「Munich」(ミューニック)

これ以外にも、発音ちがうのたくさん。特に日本語と英語が違いすぎる。そもそもドイツとGermany,日本とJapanも全く違うし!!!!

みなさん、ヨーロッパ旅する時は気を付けてくださいね。

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最近、日記がアートと重い話ばっかりですみません。観光も一応してます。

国会議事堂。戦争で破壊されて、新しくたったのがこれ。すごいでしょ。大人気です。
1時間くらい並んだしね。

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真ん中の鏡を中心にぐるーっとらせん状に上まで登れます。ベルリンの景色が一望。なぜか外からの写真撮ってなかった。。残念。



その隣の門。東西分裂時には通ることができなかった門。今じゃ自由のシンボルです。

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戦争で壊れた教会、そのまま残ってます。

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その代わりに建てられた新しい教会。さすが。


ガイドブックに一押し!と書かれてたmuseumに行ってみました。ペルガモンmuseum。ペルガモンの遺跡を建物の中にそっくり(全部じゃないけど)入れてしまった、大迫力の博物館なのです。
たしかに、すごかった。

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けど、予備知識がなさ過ぎて、「ペルガモン」って何?から始まり、バビロニア、イシュタール門…聞いたことあるな。程度の私には、オーディオガイドの説明(日本語)を聞いても、そうなんだぁ…くらいの感想。あぁほんと無知ってもったいないですね。


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イシュタール門

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ミュンヘンでコーヒー飲んで

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ボンをとおり


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ケルンに無事着きました。ケルンと言えば、大聖堂。
でかくて全部写らない・・・

ケルンは大聖堂しかない。はじめは行くつもりなかったんですが、、「登れる」と聞いて、キト(エクアドル)での興奮を思い出し、来たのでした。

確かに、大きい。今まで見た中で(たぶん)一番大きい。


が、あのスリルを期待してしまったのがダメでした。ここはヨーロッパ。ちゃんとしてました。塔の中の狭いらせん階段を上って、広い踊り場にでると、そこから鉄筋の階段。
ここで友達は挫折。恐そうだったからだって。

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途中からこうなる。

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それでも、窓からは遠いし、キトほどの怖さはなかった。行ける一番高いview pointも石の壁に囲まれて、窓から景色を眺めるというもの。

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なんとなく、不満。まぁ、よく考えたらこれが普通なんだろうけど。キトがcrazyだったんだな。うん。

彼らが一番crazyだけどw

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教会の中は綺麗でした。けど、外から見る大きさほどではない。この大きさの差は何だろう。余ったスペースはどこに行ったのか。

私が思うに、ケルンは日本ぽい。都会さが東京でなく、横浜と上大岡の中間くらい。むしろ上大岡より。教会はたくさんあるのと、旧市街を除けばそんな感じ。だからなんとなく親近感。

ケルンで見たかったのは大聖堂と、チョコレート工場。大きなチョコ博物館があると聞いて、ちょっと楽しみだったのに、私がいたのが月曜だったために、休みでした。残念。

なので、教会のあとは、買い物。今はバーゲンシーズン。H&M,ZARA,、、日本でも買えるってのに、50%offとかみると入っちゃうんですね。MUJIでは吊るせるポーチを購入。割高って知ってるけど、便利。ドミで大活躍です。



教会はドミで一緒だったコリアンと行きました。

彼女なかなかインパクトのある女性。35歳セカンドスクールとして教師を目指して大学に通っていたという。韓国では教師になるのは人気で難しく、たくさんの試験を乗り越えないといけないらしい。すごいなぁ。

韓国と日本の話になった。韓国語、ハングルはある一人の王が作って使われるようになったらしい。なんて王様だ。日本語は中国から来たんでしょ?と言われ、そうなのか?平仮名は日本独特なはず。平仮名の元は、万葉仮名。でも、万葉仮名ってどっから来たの?辞書で調べてみたら、感じが基になってるのでした。これ、常識なのかな。私、日本のこと知らなすぎる…恥ずかしかった。

私「韓国人はほとんどみんな韓国が大好きだよね。日本はアメリカとか海外に憧れてる人が多く、愛国心が薄いんだよ。私も、旅に出てから日本がすごく好きになった。」

文珍「韓国も同じだよ。心の中では西洋へのあこがれが強いけど、表面上で自国大好きってふりしてるだけ。知らないことが恥ずかしいから、そう言ってるだけなんだよ。日本人と同じshyなのに、openってふりしてるんだよ。」

そうなのか…一人の意見だからみんながそうなのかは分からないけど、初めて聞く意見で興味深かった

アルジェリア人の世界各国を旅してる男の子が帰ってきて、私たちが日本、韓国人と聞くとすごく興味を示してきた。日本も韓国も行ったことがあるらしい。

彼が言うには、アジアの女の子では日本人が一番だと。私と文珍が、見た目は似てるでしょ。というと、いや違うと大否定。アジア人以外で日中韓の違いを区別できる人初めて会ったよ。文珍は日本は礼儀正しくて、すごいよ。って誉める。

ほめられてんのか、馬鹿にされてんのか、よく分かんないけど、シャイな日本人の私は恐縮するのでした。


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って知ってます?私もウイーンであった子に聞いて初めて知ったんですが。

ずべてのものには、デザインがある。当たり前のことだけど、言われてみるとハッとします。今いる建物、椅子、机、パソコン、ノート、ボールペン、ずべてのものがデザインされてるんですね。もちろん建物も。

で、それを学として最初にできた学校がこのベルリンにあるバウハウスらしいです。

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いやーすごいことじゃないですか。Museumがあるって言うから行ってみたら、休みでした。10月まで改装らしい。そういやウイーンでバウハウスについて教えてくれてた子も言ってたな。忘れてた。

なので、バウハウスは全然見てないんですが、さすがベルリン、おしゃれです。壁の落書きも面白かったり。

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どうやって描いたんだろう。


タヘレス。ここは廃墟にアーティストが住みついて創作活動をしています。一見怖い。でも、そこらじゅうにアートがあり、彼らの才能を感じます。すごいなぁ。ヨーロッパってアーティストが多い。ツーリストでもデザイナーとか音楽家とかにあう。余裕があるんだな。

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ユダヤ博物館の建築はすごかった。内容はユダヤの歴史なんですが、中世風の建物と近代的な建物がまったく別のようで、地下でつながっているのです。近代的なほうは、ユダヤの辛い歴史をあらわすように、灰色で四角く、深い切り傷が入っています。

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中の、ある一つの部屋はすごかった。
ぶ厚い鉄の扉を開けて入ると、そこは何もないコンクリートで塗り固められたただの四角い部屋。扉が閉まると、しぃん…と静寂が広がる。ほとんど真っ暗。天井ははるか高く、絶対出られない。といった感じの圧迫さ。天井の一部が少しだけ開いていて、そこからわずかな光が差し込み、外の音がわずかに聞こえる。静かさ、暗さ、狭さ、圧迫感、恐怖。
そして、わずかな光と音、希望。

この部屋は、「ホロコーストの塔」と名前が付いていて、まさにホロコーストを感覚的に体感する場所でした。悲惨な写真を見るのとは違う、精神的ダメージ。時間があれば長い時間居てみたかった。


もうひとつ、難民広場という中庭。ここは四角いコンクリートがきれいに並んでいて、その間が通れるようになってる。歩いてると平衡感覚を失う。それもそのはず、地面が少し傾いているのです。不安と、目が回る感覚、新しい土地に行かなければならなかった難民の気持ちだそうです。

時間が足りず、全部の説明が聞けなかったのが残念。ザクロの木から始まる説明は今まで知らなかったユダヤの歴史を詳しく教えてくれました。

「中世は戦争の歴史と言うが、ユダヤ人にとっては迫害のない良い時代だった。」の説明には驚いた。てことは、ほとんどの時代にユダヤ人は迫害を受けてたの??なんでそんな嫌われてるの??キリストを処刑した民族だからって、キリストもユダヤ人でしょ??恰好が特殊だから?ただのいじめ??

宗教ってむずかしい。

2009.06.26 壁@ベルリン


ベルリンに来た目的はベルリンの壁を見ること。

WW2後、1945年から東西に分けられたベルリン。東から西へ流れる人を止めるために1961年に壁が建設され、1989年まで27年間も壁はあったのです。て、常識ですよね。私も壁のことは知ってたけど、ちゃんと調べてみて、その年月にびっくりしました。最近じゃん。まだ壁崩壊から20年しか経ってないし。私の生まれたとき、ドイツはドイツじゃなくて、西ドイツと東ドイツだったんだ。恥ずかしながら、その現実をやっと今、認識したのでした。


ガイドブックに載ってる範囲の壁の跡はほぼ全て歩きました。(全部じゃないのは道を間違えたときがあったから…w)実際には西ベルリン全体をぐるっと壁で囲んでたんだから、東ドイツの人たちも御苦労なことです。

壁がどこにあったかは、地図と標識。交差点には必ずこの「Berliner Mauer」ってのがあって、辿れるようになってます。

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壁も、一部残されています。

@east side gallaly
ここは残された壁に世界各国のアーティストが絵を描いているところ。素晴らしいアート。日本の作品もありました。

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@ベルリンの壁記録センター
この通りには国境沿いに建物がたくさんあり、窓から飛び降りて脱出を図る人がたくさんいたようです。センターの前には、一部当時の壁と、東側の監視領域も残されています。これがずーーーっと続いてたなんて、異様ですよね。

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@壁博物館(check point charley)
西と東の関所は3つ。A(アルファ),B(ブラボー),C(チャーリー)。この一つのチャーリーの角の一つの建物が博物館になってます。個人の人が作ったものでしたが、壁に関する様々なものが寄贈され、貴重な博物館です。

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車に隠れて西へ脱出

これら以外にも、壁を使ったアートがたまにあるくらい。場所によってはこんな壁の跡を示すようになってたり。でも、ほどんどは今は普通の道でした。

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ここも壁があった。
住宅街を歩いてると、アパートにまぎれて、監視塔が残ってました。これは驚いた。しかも、東ドイツの旗と、監視員の人形付き…怖かったです。

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DDRmuseumにも行ってきました。ここは東ドイツの市民の生活を紹介してる博物館。
最初の印象は、貧しい様子もなく、女性の社会進出も発展していて、豊かなイメージでした。が、よくよくみると、自由がない。服も作るのは政府で、西に一歩遅れたはやりを取り入れていたそう。家の中も一見普通だけど、壁紙の種類は限られていて、TVの内容も教育的というか、西のようなnewsやダンスバラエティーみたいのはなかった様子。コーヒー100%のものは高く、コーヒーmixという麦とかが混ざったものが主流だったよう。

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International shopは、西のものなど買えたが、海外の通貨で高く、ほどんどは偉いお金持ってる人たちのための店だった様子。

東のことしか知らなかったら、気にならなかったんだろうけど、外の情報を得るとその時自由のなさに気づいてしまうんだろうな。政府も、情報の制限はしきれなかったようだ。



自由ってなんだろう。


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check point charly にあった看板(今もレプリカがある)
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