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首都リュブリャーナをスルーして、スロベニアのブレッド湖に来ました。
ここに来た目的はひとつ。ラフティング。スプリットで会ったフランス人のカヤック写真を見て、アクティビティがしたくてたまらなくなったのです。彼らはクロアチアの川だったけど。

ここ、ブレッド湖は絵葉書のような景色が見れると評判。私も湖畔を歩きました。
ブレッド城を見てると、日本人団体が。お土産屋でひとりの人に話しかけられました。旅好きの人らしく、私の世界一周をすごい!!言ってくれました。この反応久しぶり…w

ちょっと話して、彼女は集合時間に帰って行きました。
ひとりで湖畔を歩く。森と湖、避暑地に来たような、ゆったりした時間。避暑というよりも、寒い。クロアチアでめっちゃ天気よかったのに、最近曇りがち。ちょい寒め。ラフティング大丈夫かなぁ。

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大物がつれた!!

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湖に浮かぶスロベニア唯一の島、これが絵になる。

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白鳥が!!これぞ白鳥の湖♪親子連れまで!!


途中でさっき会った団体の人にあい、日本のお菓子をいただきました!!きび団子!!すでにお腹すいてたから、4個中2個をすぐさま食べる。幸せだったぁ。。

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翌日、ラフティングへ。朝曇ってたけど、晴れてよかった!!なんて考えが甘かった。水、冷た過ぎ。8度だってよ。でも、ボートで漕ぐだけだし♪

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ツアーのイキな計らいで川を流されてみたり、

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橋からのジャンプ!!5人中2人しかやらなかったけど。怖かったーw

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飛び降りる時もだけど、それ以上に水に入ってから。冷たいし、泳いでも泳いでも岸に着かない。浮き袋投げてもらって引っ張ってもらいながら岸に上がりました。こうやって川で死ぬんだなって思ったw小さい頃、いとこと4人全員で川でおぼれて死にそうだったことを思い出した。

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体温の高い欧米人4人に寒がりの私。私だけ最後まで震えていて、自分のみすぼらしさが悲しくなしましたwでも、楽しかったー!!たまには運動しないとね!!


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って、読んだことない本のタイトルを思い出すような透明さでした。
クロアチアの首都、ザグレブからバスで結構いったとこ、プリトヴィッツェ国立公園。たくさんの湖がある公園です。水がものすごく透明で、吸い込まれるような青さでした。

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宿で一緒だったコリアン2人組と一緒に出かけました。お互いにつたない英語での会話。彼らが日本の映画に詳しいのにびっくり。好きな女優を聞いたら、広末涼子と蒼井優(漢字わからず)って言ってて、ほとんども映画が韓国にいっているようです。私といえば、BOAと東方神気とヨン様くらいしかしらず、唯一みた映画「連理の枝」(かな?)も通じず。ごめんね。

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湖はこんな感じ。ほんっと、透明度高い。ダイビングしたくなった。

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きれいな青いトンボ。

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お昼は作ってきたおにぎりで。

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久しぶりの自然にいやされた。やっぱり町より自然だな。

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「ヨーロッパは孤独との戦いだ。」「ヨーロッパはみんな似てて飽きるよ。」
そう聞いたことがある。

本当だ。

最近見た旧市街はどこも似ていて、感動少ない。英語力の乏しさで会話も全部聞き取れないし、言いたいこともいえない。もともとの会話力の乏しさも拍車をかける。で、孤独。
ホステルのドミに12人のスウェーデン卒業旅行生がいて、その楽しそうなのをみてたから余計かもしれない。

「つまらない」

スプリットについて、町歩いててそう思った。まったく贅沢な悩みなんだけど。教会と地下宮殿みて、ぶらぶら。全く満たされず。絵心があるわけじゃないのに、絵がかきたくなって、書いてみて、下手さに余計へこんだり。。

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旧市街の一部


そんなとき。
ホステルでネットつないでたら、12人グループの卒業旅行生の一人が一緒に飲み行こうって声かけてくれた。着いて行ったら、みんないい子たちで、私が理解してないのを気づくとゆっくり説明してくれたり、19歳の若い子たちのテンションにはついていけなかったけど、すごく楽しかった。

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一人で行動してたのが続いてたから、誰かとしゃべりたかったんだな。日本語でなくても、、ただ人恋しかったみたい。

気分転換も兼ねて、次の日は泳ぎに行ってみた。意外と一人の人も多く、欧米人にならって泳いで、本読んで、を繰り返す。焼けたくはないから日陰でwなんか、優雅な時間で気持ちよかった。

ザグレブは日本人宿取ったから、思いっきりしゃべろうっと☆

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ドブロブニクからバスで2時間はしり、モンテネグロのコトルに来ました。日帰りでいける予定が滞在時間2時間の短さだったので、一泊しました。

バス降りて、人の良さそうな夫婦についていく。おばあちゃんが案内してくれた。家は旧市街のど真ん中。カテドラルの向かいの建物。隣の一回はバー。こんなとこに人住んでるんだーといった感じw

おばあちゃん、英語ほぼダメ。コミュニケーションはゼスチャーが主。でも、めっちゃいい人。テレビ見てる時のリアクション大きすぎで面白い。初めて会う私を孫のように可愛がってくれた。ちなみに、夫婦と思ってたじいちゃんはただのお友達だったようで、結局おばあちゃんと二人でした。

旧市街は似た感じだけど、ちっちゃい教会が多かった。残念ながら入れないところが多く、小さい町はすぐに回れてしまった。海を見たりして、暇を適当につぶし、夕日に合わせて城壁を登る。もともと山に囲まれた入り組んだ海。その山にわざわざ城壁まで作って、ほんとすごい。町を守るため、昔の人の努力が感じられる。

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小さい教会がたくさんある

16時半から登り始め、1時間半かかると聞いていた頂上に30分で到着。おばあちゃんが5時だっていうのでこの時間に来たけど、全然日高い。結局、写真とったりボーとしながら2時間以上頂上で過ごす。でも飽きない景色だった。すばらしい。

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この橋がものすごく怖い

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旧市街

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太陽が山に隠れるのを見届けてから下山。何人かいた人たちも下山したようだ。頂上からちょっと降りたところでベオグラード出身21歳の男の子イヴァンにあう。

イヴァン「頂上に人いる?」
私「いないよ。」
イ「一緒に頂上行かない?」

えぇー2時間もいたしめんどい。断って降りようとすると付いてきた。いや、頂上いったほうがいいって!言っても聞かない。英語あんまり分かんないみたいだけど…なんか変。

柔道やってるらしく、筋肉自慢してきた。ハイハイ、すごいね。
君を担いで降りれるよ、ほら。とお姫様だっこされそうになって拒否。けど、半無理やり持ち上げられる。そのまま急な階段を降りる。むしろ怖いから!!!おろして!!叫んで叩いてやっとおろしてくれた。降ろし際にほっぺにキスされる。

こいつおかしい。

無視して下るが、しつこく掴んできたり、通せんぼしようとしたり、持ち上げようとする。振り払って急な階段を小走り。あーうざい。最終的には、

イ「Edy(私の名前を勘違いしてる)、SEX! you know??」
イ「I love you Edy!」
私「NO SEX!!!」「I don’t love you. 」「I don’t like you」「I hate you」「help me!!」

最悪。自分の股間を見てくれ的に脱ごうとする奴。気持ち悪いし、ムカつくし、夕焼けは見れないし、ほんとに、このときほど英語のスラングを知りたかったことはない。言ったとこで奴に通じるかは分からないけど…ここは日本語で罵倒する。

転ばないように集中し、できるだけ早く、奴よりも先に降りる。なんとか町に着いて、人安心と思ったが、まだ付いてくる。

二階の部屋は階段に電気がついてなく、鍵も見当たらず、入口で躊躇。なんてことをしてたから奴に家を気づかれた。もう入れない。。。おばあちゃんが中に居るはずだけど、名前を聞きそびれたので、叫んでも気づいてもらえず。

歩いてた男性2人に声かけて、変な奴がいるから家に入れない、入口まで一緒に行ってくれないかと頼むも、あせりで英語もひどく、その通りにはしてくれなかった。最初、「彼はジェントルマンに見えるけど?」と言われたが、私の否定しようが異常だったからか、私が家に入るまで奴と話しててくれた。

必死で入って、おばあちゃんに変な奴がいて怖かったのーとゼスチャーで伝えると、なんだかわかってくれたようで慰めてくれた。ほんとのおばあちゃんのようで、その包容力に泣きそうだった。

が、奴がベルを押してきた。まだ去ってなかったようだ。おばあちゃんは私に「隠れてな!」と手で制し、「誰だい??!」とドア越しに聞いている。が答えない。ドアあけると奴がいたらしく、「帰れ!!帰れ!!」と追い返してくれた。(モンテネグロ語で何いってるかわかんなかったけど、多分こんな感じ)

初めて女一人旅が危険と感じた出来事だった。このsobeでよかった」。守ってくれる人がいるって、ほんと幸せだ。。一日の滞在だったけどおばあちゃんが大好きになりました。日本帰ったら写真送ろう。

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と呼ばれる、ドブロヴニクに来ました。

ミランさんも友達のSobeに泊まる。広いダブルの部屋を一人で。贅沢―おばあちゃんも90近そうなのに元気。いいとこでよかった♪

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とおもったら、タンスを開いたら、その扉の内側に日本語でおばあちゃんへの不満が書かれてました。一人ではなく、それに付け加えるように3人。確かにそうなのかもしれないけど…人んちの家具にいたずら書きするほうがどうなの??と思った。おばあちゃんは日本人はいい人たちだと言っていたのに…心が痛みます。落書きをなるべく見ないように過ごしました。

ひとつ事件が。
お金を払いに母屋に行ってベルを押すと、おばあちゃんは不在らしくおじいちゃんが出てきた。おじいちゃんパンツ一枚。しかもそのパンツがよっれよれで伸びきってる。股下5センチくらい隙間できてます!!はみ出てます!!瞬時に目線を顔に固定。結局言葉通じず、おばあちゃんを待つことに。

いやーびっくりした。大丈夫、見てないです。視界に入った瞬間外したから。しかし家だからって気抜きすぎでしょwほんと、おじいちゃんおばあちゃんは自由でおもしろい。あ、こんなネタにしてる私もいやな日本人かもな。


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そう、ドブロヴニクです。アドリア海の真珠は旧市街のこと。

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建物がひしめき合っていて、細い路地がいっぱい。こんなとこにも!?てくらいお土産屋、レストランが。普通に住んでる人もいるので、ミニスーパーもあります。観光客の多い広い有名な道もいいけど、細い路地が楽しい。生活が垣間見れる、洗濯物が干してあったり、子どもたちが遊んでたり。世界遺産の中にすんでるなんてすごいなー。

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一番の見どころは城壁からの景色。旧市街を囲んでる城壁を一周歩けるのです。一周4キロにも渡る城壁を2時間かけて回りました。ゆっくり見過ぎて熱射病になりそうだったwだって、ほんとかわいいんですよ。

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ジブリの“魔女の宅急便”のモデルになったと噂もされた町。(本当は違うらしい)ぴったりではないけど、海が見えて、オレンジの屋根はそれに似てるのも確か。で、例の如く“海の見える町”(キキが町に入るときの音楽)を聞きながら眺めると、あーアドリア海に来たのかぁ。という気分に浸れるんですね。素敵でした。

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50%OFFって言われて食べたリゾット。味濃い目だったけど魚介おいしかった!!!が、半額なんてうまい話はなく、15%の間違いだった。今度は絶対紙に書いて確認しよう。

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中世の頃から使われていた薬局。見とかないとね。一応、薬剤師だから、、学割使って入ったけどw

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今日のアイス。中欧入ってから、ほぼ毎日アイス(一回のみと決めている)とピザ(一切れ)食べてます。一食分になります。ちょっと足りないけど、我慢です。
ちなみにこのチョコミント。ここのアイス屋ではAfter Eatenでした。


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汚いわけじゃないです。むしろきれいです。川とそこにかかる橋の有名なモスタルという町に来ました。

ボスニア・ヘルツェゴヴィナは北のボスニアと南のヘルツェゴヴィナが合わさったもので、ここモスタルはヘルツェゴヴィナの中心地らしいです。紛争当時は激戦区で、当時のビデオを流してるとこがあったのですが、ほんとに何もなくなってました。町には当時崩れた建物が多く残っていました。橋も崩れ、今はトルコの協力で元に戻っています。

なんでこの橋が有名なのかというと、オスマントルコ時代につくられ、トルコ建築の素晴らしいものだかららしいです。

宿はHostelWorldで予約してたのですが、駅に着くとオーナーのミランさん自ら迎えに来てくれていました。なんて素晴らしいサービス!!感動してると到着。

Sobeじゃんw

Sobe とは、民宿みたいなもので、住んでる家の一部を旅行者に貸し出してる宿。HOSTELって名前ではあるけど、完全、ちょっと広めのミランさんの家でしたwしかし、ミランさんめっちゃいい人。奥さんは妊娠中であと10日で生まれるという。でも働いてる。心配です。夜には彼の客引き腕の良さか、3人に増えてました。


モスタル、すごく小さな町。今や観光地に戻っていて、団体客も多い。道せまいから邪魔w

モスクがたくさんあるのですが、一つのモスクはミナレット(モスクについてる高い塔。ここから毎日5回お祈りの放送が流れる)にのぼれるんです。エジプトからたくさんのミナレットを見てきたけど、登るの初めて。たまたま一緒だったトルコ人ジャーナリストも初めてって言ってました。

ここ、一番のお気に入りスポットになった。めっちゃ景色奇麗!!ぼーっと眺めてました。川も、橋も、街も、誰にも邪魔されずにゆっくり見れる。いいなぁ。20分くらいいたかな。大満足でした。

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橋をわたって、しばらく歩いてピザ食べました。ボスニアからずっと食べたかったピザ。頼むと、案の定ホールです。いやー食べきれるかな…(イタリア旅行の時のよりは小さかった!)

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食べきった!!いやーいけるもんですねw

大食い話題が出たとこで、もうひとネタ。ブルガリアはソフィアで、日本人5人で中華を食べに行った時のこと。適当に頼んでたら、大変なことに。

炒め物4皿(見た目同じ、味がちょっとずつ違う)、酢豚、ギョーザ2皿、チャーハン、御飯3つ、パン2つ。
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近くのブルガリア人4人組はおかず3皿のみ。そんなもんでよかったね。
でも、大和魂魅せました!!女子2人もかなり貢献。きっとみんな同じくらい食べた。

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パンと酢豚のみ残して完食。いやーほんと、ひっさしぶりに苦しいくらい食べたわ。


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モスタルでした。
大きな教会が見えたので行ってみることに。けど、閉まってた。裏に回ろうとすると、マレーシア出身カナダ育ちのお兄さんがこっちも閉まってると教えてくれました。諦めて帰ろうとすると、一つのドアが開いてた。中に入るとあと10分で開くっぽいので彼と待つことに。

10分後、神父さんが来て、彼と英語で流暢に話す。どうやら入れないっぽい。。。彼がどうしても見たいというと、

神父さん「カトリック?」

彼「Yes」

神父さんと目が合ってしまった。
私「Sorry…No.」

別に悪くないのに誤ってしまう日本人。でも、彼がいてくれたおかげで中に入れまいした。

広いけど、さっぱりした教会。ステンドグラスは一部のみ残る。そうか、ここも崩れて、修復されたんだな。

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隣の橋に行って写真撮り、帰りました。途中雨が。やばい、ベランダに洗濯物干してあるのに!!!走って戻ると、奥さんが取り込んどいてくれてた。いい人だぁ。




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Don’t Forget.
93年に大被害にあったモスタル。お墓も93年のものが多数でした。戦争は繰り返さないために忘れちゃいけないんですね。書いてあるとこ2か所みました。


ボスニア・ヘルツェゴビナに入りました。より、紛争の印象の強い町です。

今はもう安定していて、観光客も多いですが、実際、街にはボロボロの建物があり、今も使われている建物にも弾痕が残ってます。
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砲弾で外壁以外、本もほぼ全て焼失した国立図書館。修復には少なくとも3年はかかるそうです。

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1992-95年、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争。もともと、セルビア人、クロアチア人、ムスリム人が、仲良く暮らしていた国。民族関係なく結婚も行われてた平和な国。が、ユーゴ解体の影響で独立を求めるクロアチア人、ムスリム人、ユーゴ残留を求めるセルビア人。民族同士の争いは、親戚、ご近所同士も敵になります。こんな悲しいことないです。てか、親戚を民族が違うから今日から敵!!て、思えないですよね、普通。でも、普通が普通でなかったこのころ、20万人の犠牲者が出たのです。


ここにきて、初めて知ったことの一つ。1984年、私の生まれた年はサラエボオリンピック開催の年。オリンピック会場を見に行きました。

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今でも、このマークのお土産が売ってる。

メインスタジアムは修復され、少し前、U2のライブなんかもあって大盛り上がりだったとか。

ここは、当時の補助グラウンド。写真を撮るか、すごく迷ったのですが、このブログを読んで、平和について考える人が増えたら、と思い、シャッターを切りました。

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白いの、お墓です。

当時、亡くなった人を埋める場所がなくなり、オリンピックの補助グラウンドも墓地になりました。攻撃の少ない朝方と夕方に運んだそうです。
墓地には行ってみると、ほんとに、新しいお墓が多いことに気付きます。一応分けられてはいますが、イスラム教、キリスト教どっちもあります。(白いお墓はイスラム)そして、その新しいお墓のほとんどが92年から95年に亡くなった方。墓石には生まれ年と亡くなった年がかいてあります。

1981-1993

1983-1992


私と同年代の子のお墓もありました。これを見た時はショックでした。この紛争が、ほんとに最近だったこと、私の年代にも深く関わっていたこと。生まれた場所が、民族が違っただけで、全く違う人生になってたこと。自分はなんて幸せなんだろう、生きていることに感謝すべきだ、ということを深く感じました。


帰りにサンドイッチ屋で女の子と話しました。9歳のイヴァナちゃん。人懐っこくて、かわいくて、いいねと褒めたストラップを会って5分の私にくれました。この子は紛争時を知らないんだなぁ。ほんとに無邪気で、がんばって英語を話してくれて、、、この子のためにも、世界は平和にならないとな。今まで、なんとなく祈ってたけど、これからは教会、モスク、神社、寺にいったら、本気で世界平和を祈れる、祈ろうと思った。実際、このあと教会にも行きました。信者じゃないから意味ないのかもしれないけど。

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地下トンネルも見に行きました。サラエボがセルビア人軍に包囲された時、食糧や武器を運んびました。

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入口のある家が博物館になってる。一見普通の民家

英語ガイドだったので、あまり説明を理解できなかったのが非常に残念でしたが、ある人の質問が印象的でした。今は、セルビア人とムスリム、クロアチア人は地域を分けて住み分けてます。

ツアー客「今後、民族ごとに独立すると思いますか?」
ガイド「nothing」

(これ一言ではなかったのですが後の言葉の解釈から)何も起こらないよ、と言った彼。まだ20代と見える。何も起こらない、何も起こらないでほしい、平和を強く願うことばだな、と感じました。戦争のとき、どう過ごしてたの?聞きたかったけど、聞いちゃいけない気がして聞けなかった。英語力の問題もあるけど。



サラエボに来てよかった。私が考えたように、このブログを読んで、少しでも平和について考えてくれたらうれしいです。


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第一次世界大戦のきっかけとなった、サラエボ事件の橋。

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旧市街バシチャルシァはお土産屋やカフェが並ぶかわいいところ。観光客で賑わう。


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公園で特大チェスをするおじさんたち。誰がプレイヤーかわかりずらい。そして、観客の口出しがうるさいw




1999年3月NATO軍ベオグラード空爆。

もう10年前の出来事。コソヴォの紛争でセルビアはNATO軍により空爆を受けたのでした。

ニュースを普段見ない私、しかも中学生のころ。それでも、ベオグラードという名前は聞いたことがありました。そこに、行くことになるとは。



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空爆を受けた建物が今でもそのまま残ってました。忘れないためにでしょうか。そのほかの建物はきれいで立派なものが多い中(修復されたものかもしれないですね。)、突然このビル。平和な日本に育って、この光景は衝撃的でした。私が高校受験も終わり、のほほんと過ごしていたころです。どうしても、戦争は昔の話、といった印象があったのですが、これは昔でもない、私の生まれてから起こったこと。しばらく佇んでました。



でも、今は安全な街です。サヴァ川とドナウ川にはさまれた街、城壁も残ってます。

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ベオグラードは、人口に対してカフェが世界一多いところだそうです。ほんと、いたるところにカフェカフェカフェ。繁華街を抜けても、ちょいちょい見つけます。お腹すいたから、寄ってみたら、飲み物しかないって店も多い。お茶しながらしゃべる、そんなのんびりとしたセルビア人、なんで戦争が起こるんでしょうね。

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セルビア正教会

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また違う教会の内部

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ちなみに、コソヴォ近辺はもう紛争してませんが、情勢不安定なため行ってません。ご安心を。


ブルガリアの首都、ソフィア。首都とは思えない活気のなさwメインロードには有名ブランド店も入ってるのに、ひともそこそこ、車もそこそこ、なんか静か。閑散…というよりも、のんびりとしていて、すごくいい町です。

道に迷って地図見ながらうろうろしてると教えてくれる。けど、ブルガリア語。ゼスチャーで意思疎通、、、できずwでもいい人なんです、みなさん。

ソフィアに来たのは、旅の途中で会ったヨーロッパをいろいろ回ったヨウコさんが、今までで一番よかったのはソフィアの教会だって言ってたから。ソフィアから少し行ったところにブルガリア正教の総本山リラの僧院があるから、正直どっちか分かんなかったけど、先にソフィアの町中にある大きな教会に行きました。

嘘じゃなく、涙でました。撮影禁止なのが残念。

東方正教の教会(特にブルガリア正教)って、カトリックやプロテスタントの教会と全然違うんですね。正面の祭壇(?)は屏風みたいになってて、一枚一枚にキリストや聖人の絵が書いてある。この絵も、ヨーロッパでよく見るような絵とはちょっと違って、異様な雰囲気を醸し出す。イコンというらしい。で、なにがすごいって、教会内の壁全体に絵が描かれてる。白いところなし。どうやって描いたんだろう?って場所まで。素晴らしい。

*私の解釈も入ってるので、説明で違うところがあったら、指摘してください。

教会全体から、うわぁあーーーー!!!ってパワーが来る感じ。感動が押し寄せてくるとでもいいましょうか、言いすぎでしょうか、でも、今までに居たことがない空間、自然に涙もでてくるはずでした。

お祈りに来る人たちは、バターでできてるのかな?黄色いろうそく何本かに火をつけます。で、ろうそく置きに立てる。その、匂いと明かりが神秘的なんです。でも、みんなそうするから、ろうそく立てるとこがなくなるんです。すると、いっぱいになる前に教会の人がきて、ろうそくをバシバシ抜いて、バンバンゴミ箱に捨てていく。その光景と音が現実に引き戻されて、なんだかさみしくなるのでした。

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これだけ、ソフィアの教会に感動したもんだから、リラの僧院はまあまあでしたwこっちを先に見ればよかったのかな。わざわざバスで2時間かけて来たのにw

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でも、ここもなかなかですよ。修道院もいっしょになってて、イスラムに支配され、キリスト教が禁止されていたころも、ここだけは黙認されていて、たくさんの僧侶が暮らしていたそうです。さすが総本山!


地震でほかの部分は壊れて、修復されてますが、この塔だけは昔もままだそうです。

僧院の裏のおいしいと聞いたドーナツを食べました。揚げたてで、まぁおいしいんだけど、、脂っこい。これは胃にきそうです。一緒に行ったヨネさんは二個目を食べてましたが、途中きついと言ってました。私は2個目は食べずにヨーグルトを購入。
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そう!ブルガリアと言えば琴欧州とヨーグルト!!実際、ヨーグルト発祥はトルコで、一番消費が多いのがブルガリアだそうですが。でも、ブルガリアはヨーグルトでしょ!!

いかにも、手作り!!お味は…濃厚!!チーズに近づいてます!!

いやーさっぱりした。



ちなみに、スーパーのヨーグルト売り場は普通でした。一番たくさん置いてあったダノンのを買って食べると、やっぱ普通。まぁ、こんなもんか。


古着屋のおばちゃん。かっこいいw
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トルコの日記書いてないけど、先にご報告w


5月12日、25歳になりました。

当初の予定では、フィレンツェのドーモで過ごす予定でしたが、まさかそんな飛ばせることもなく、ブルガリアの首都ソフィアで誕生日を迎えました。

誕生日に移動はしたくないな。それだけで、ソフィアに決定。

淋しい誕生日になると思ってたのですが、、peacefulで幸せな誕生日を迎えることができました。

まず、このソフィアの町がいい。主都なのに、高級ブランド店なんてのもあるのに、静か。人が優しい。

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公園ではチェスする人々。お金かけてるらしく、真剣w

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同じ花壇をぐるぐる回る子。それをひたすら見てる私。

で、このホステル(HostelMostel)が最高。Hostelworldで賞を取るくらいのいいところ。きれいだし、朝ごはん、晩ごはんにビールついてるし、ネットフリー、ドリンクフリー。共用スペース居心地良すぎ。

パスタ食べて、今日出発のエツコさんを見送って、だらだらと飲み開始。私の誕生日ということもあって、プロのギタリストナオキさんが演奏してくれました。アーティストのフランス人の子と、チャリダーたかさんも加わって、素晴らしいセッション。ほろ酔いでいい音楽で、ハプニングの笑いもあって、幸せなひと時でした。

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12日昼は、電車のチケット買いに行って、ランチをカフェで値段気にせずに食べて(でも1000円行かなかったw)、あとはホステルでだらだら。

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あー幸せだー。


3日前に前髪を切ってしまい、ぱっつんなのが、残念ですが、
今までの誕生日とはまた違う、幸せな誕生日になりました。

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酔っぱらいたちの作品wバースデーカード。うれしかったぁー


大都会イスタンブール。イスラムの国ですが、ほとんどの女性は布巻いてない。都会に来ると、どうしてもドキドキしてしまう。やっぱり文庫も田舎なのかなw

初日はばっちり観光。

リュステムパシャモスク。
ここ好き!!タイルがすごく綺麗。作られた時のタイルが残ってて、その古さを全く感じさせない。色も鮮やかで、赤は今では誰も作ることのできない色なんだそう。一柄一柄じっくり見てしまう。

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アヤソフィア。
教会だったのを、オスマンに支配された時に絵を上から塗りつぶしてモスクにしたところ。今では壁が崩され、キリストとアッラーがコラボレーション。2つの宗教が一緒に存在してるってすごいことです。こうやって、全世界が他の宗教にも寛容になったら世界は平和になるのに。

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ブルーモスク
広さ、シャンデリア、立派でした。けど、青さは断然リュステムパシャ!!

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トプカプ宮殿
トルコの大奥、ハーレムあった。王様も、そこにいる女の子たちも幸せだったのかなぁ。
恥ずかしながら、ここではじめて、メッカを知りました。いや、知ってたんだけど、写真を見てどこかわからなかったw
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ベリーダンス
エジプトからずっと見たかったダンス。おなかのダンスだけあって、おなかの動きがすごい!!で、綺麗!!まったく眠くもならずに釘づけだった。くびれのために私も始めようかな…w
途中民族ダンスも。
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一日フリー。アジアサイドに行ってみよう、と歩いてると、日本語で話しかけられた。

トルコ人:日本はどこですか?
父:横浜です。
トルコ人:横浜のどこ?

いや。そんなん聞いたってわからないだろ!と思ってたら、彼、日本人の奥さんと横浜に住んでるらしい。しかも西区。みなとみらい近くのマンション。金持ちだ。

絶対あやしいと思いつつも、なんとなく一緒にエジプシャンバザールまで行くことに。彼ナムキさんの友達の店に行き、ナムキさんは友達と出かけて行った。彼といっしょだったトルコ人のサル(あだ名)がそのあともイスタンブールを案内してくれた。

サル、いいやつだった。19歳、7か月日本語勉強しただけなのに、めっちゃうまい。かなり真面目だ。なんでも頑張らないとだめだ!と話す、まっすぐな青年。

アジアサイドの海沿いでまったり。いいなぁーこういうの。

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一緒に日本食食べたり。納豆巻きとキムチとうどんが食べれてかなり満足!!おいしかった!!が、サルはかなりの偏食。無理やり連れてきちゃってごめんね…。

そのあと、サルのバイト先(お土産屋)に行って、ナムキさんとも一緒に話す。ナムキさん、かなりの遊び人。よく言えばopenで成功しそうな人。今どうなのかは知らないけどwで、今の奥さん、3人目。で、前の奥さんもみんな日本人。最初の奥さんとの劇的な出会いを教えてくれたけど、今じゃ3人目だからね。。。ロマンチックもなにもないw

父はナムキさんと横浜で会う約束をし、サルも日本に来たら連絡するよってことに。
最初はほんと怪しいと思ったけど、いい人たちでよかったー♪



でました、生憎の雨w

でも、パムッカレはきれいだった!!

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そして、クレオパトラの温泉に入りましたー♪ほぼ体温の温泉、寒いかなーと思ったけど、気持ちよかった♪♪

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まさに芋の子を洗う状態wガイドさんは別名“ロシア人のスープ”だと言ってました。ロシア人が多いらしい。

日本語ガイドさんも、“あのね”と使うかわいい人でしたが、もう一人の英語ガイドのセファさん50歳がかなりいい人だった。

午前中、日本語ガイドが来れないということで、私たちを観光に連れて行ってくれた。“akaihindenbutu”を見に行くという。????どうやら日本語らしい。“アカイチンデンブツ”“赤い沈殿物”!!温泉の成分が赤いってことねー。英語の中に急に日本語が混じると余計わからない。てか、なんでそんな難しい言葉でおぼえてるんだろw

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彼、かなりサービス精神旺盛。めっちゃ写真とってくれる。ここに行けだの、このポーズをしろだの。ありがたいんだけど…だんだんめんどくなるw


1日フリータイムがあったのですが、そのことを知ると、パラグライダーをしないか、ラフティングはどうだ、と教えてくれる。(商売にがめつい感じではない。)パラグライダーをしてみようということになり、次の日、迎えにきた。

彼の先生と一緒に丘へ。

結果、風が不安定なためキャンセル。


安全第一。しょうがない。

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彼のリクエストでみんなでジャンプ

かわりに、滝を見せてくれるという。そんな観光スポットあったんだー。と着いていくと、なんもないところ。オーストラリア人の別荘が一つあるだけの山。ここをガツガツ下って行く。50歳、うちの親と同い年。かなり元気です。途中、父親は腰を痛めて挫折。

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滝、結構いいじゃん!!なんて名前の滝かと聞くと、自分が25年前に発見したから“セファの滝”だと。観光スポットではなかった様子w

でも、マイナスイオンが気持ちよかった♪案の定、カメラマンセファが写真を撮ってくれる。で、撮り終わったら、さっさと帰る。えー!ゆっくり見たいんだけど!!元気なセファにはゆっくりするということは頭にないようです。

最後、空港に向かう途中、サプライズで洞窟に案内してくれた。最近発見された第二のパムッカレ。営業時間は終わってるため、無料で入る。けど、照明も消えてるため、自分らのライトで見る。硫黄臭がすごかった。コウモリもいた。

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いやーなかなかのインパクトあるガイドさんで面白かった。何がびっくりって、パムッカレでパラグライダーをやる人は4にん、ラフティングは彼ひとりらしいです。


そんな50歳の彼、結婚相手探してます。私が!!という人はメールくださいw

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トルコはGWに合わせて、両親と合流。束の間のリッチ生活が始まりました♪

カッパドキアは洞窟のホテルに。ほんとに、岩をくりぬいて作ったホテル。カッパドキアには結構あるみたいですが、、、すごい!!部屋に暖炉がある!!久々のふかふか布団に大満足♪

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カッパドキアはキノコ岩で有名。地層が隆起して、やわらかい部分が風で減り、こんな形になったそう。自然は面白いですねー。

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で、また気球のっちゃいましたwなんて贅沢!!カッパドキアでは乗れないと思って、エジプトで乗ったのに…。まぁいいか☆値段は倍以上するけど、景色はカッパドキアのほうがよかったです!!

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上から見ると全然違う岩たち。

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たくさんの気球の景色もすき。




今でも洞窟の家に住んでるガイドさんの友達(?)の家を見せていただきました。入ると、普通の家。電化製品なんかもあって、床には一面絨毯。さすがトルコ!!嫁入り道具に絨毯は必須らしいです。

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ちなみに、絨毯、こう作ります。毛の一本一本。、結んでいく。今は機械で作られてるのもあるそうですが。

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ちなみに、うちの親、絨毯買ってました。信用できる店らしいです。絨毯もいいものらしいです。信じますw





シナイ半島のリゾート、ダハブへ。居心地良くて、沈没する人多数のこの地。しかし強行スケジュールの私は2泊という猛スピードで去って行きました。

でも、めっちゃ充実してて楽しかった!!

着いた日の夜、シナイ山へ。ここはモーセが神から十戒を授かったところ。神を信じなさいとか、人を殺してはいけないとか、人のものを盗んじゃいけないとか、、、なんか、どの宗教も同じですね。人として、やってはいけないことなんてだいたい同じ。

夜中に、ライトで照らしながら、ガイドについて登っていきます。日本人8人の大所帯。気づいたらグループから遅れを取っている。「列から離れないでくださいねー」なんて言われたり。てか、、日本人足短いんだからしょうがないでしょー!!

でも、してやりました。シナイ山、標高2000M以上ありますから、だんだんみんな疲れてきます。しかし、富士山に比べたら全然楽勝♪♪最後のほうはうちら日本人が先頭を歩いてました!!!大和魂みたかっ!!w


登山中は暑くて半そでだったけど、さすがに山頂は寒い。毛布かりてくるまってご来光待ち。

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そして。

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ご来光。

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雲がかっててちょっと残念。でも、この岩山と、太陽の光、ほんとに神が降りてきそうでした。エクアドルのおばちゃんは泣いてました。カトリックの人たちには本当に大事な場所なんだなぁ。仏教徒8人が最前列でわいわい騒ぎながら写真撮りまくってて、、、なんかちょっと申し訳ない気持ちになりました。楽しかったけど。

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アブシンベルの不運のおかげ(?)でダイビングは幸運続き♪
なんと、3回のダイビングでナポレオンフィッシュを2回もみました!!天気も、風も、最高で、ダハブでは運のいいえりこさん、という扱いになってましたw不運で有名な私が、ついにきたみたいですw

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久しぶりのきれいなサンゴ礁が見れて大満足でした。
ほんと、サンゴが残ってるところって少ないんですね。一本折れただけでも、その一株すべてが死んでしまうそうです。正直、私もサンゴを折ってしまったことあります。これからはほんとに気をつけなくちゃ。ダイバーのみなさん、サンゴを大切に。

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マドリッドで会った24歳料理人に、SevenHevenにいって!!と言われてたのもあって、そこに行きました。ほかに日本人宿もあるそうですが、ここに日本人たまってましたw

板さん(なんと同い年)が居たこともあって、ダイブマスターNさんの家で日本食パーティーを開きました。総勢18人。料理は、鍋、お好み焼き、サバご飯。さすが板さん!魚をさばく姿は華麗というか、日本男児というか、かっこよかったー!!私も、日本人として魚をきれいにおろせるようになりたいと思いました。

たのしかったー!!

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夜行でカイロに戻る日、事件は起こりました。
バスに乗って、さあ出発。



あれ、、、、パスポート……


宿に忘れました。SevenHevenではダイビング中はパスポートをあづかることになってるのですが、、、返してもらうの忘れてました。


慌てて、バスを止め、無理とはわかってても「パスポート取ってくるから待ってて!!!」といって、タクシーで宿へ。


やっぱりバスは待っててくれなかった。

しかし、まだチャンスはあった。シェルムイッシェーフという途中の町までタクシーで行けばバスに間に合うという。

それだ!!!ちなみに、いくら…?

200ポンド。

私の所持金、150ポンド(貴重品はカイロのホテルに預けてあるのでこれが今の全財産)うち、10ポンドは宿までのタクシー代へ。


足りないじゃーん!!まけてー!!!!!


ダメでした。あぁ、もうどうしよう……明日の夕方の飛行機でトルコに行かなきゃいけないのに…GWで両親がトルコにきて一緒に回る予定なのです。

まじ、泣きそうでした。

けど、なんとかなるものですね。カイロまで直通のミニバスがあるらしいです。直通のため、早くつくので、まだ出発まで時間もある。しかも、値段、120ポンド!!!

足りる!!

これしかないです。待ってる間、いろいろショックで落ち込んでる私に、何も知らないエジプシャンがジャパニーズ??元気ですかー?と話しかけてくる。

うざい。I don’t want to talk.ぴしゃりと言い放ち、音楽を大音響で聞く。あーミスチルは癒されるわー。


無事、カイロに戻ってこれました。お金なくなって、アラブ諸国限定のマックアラビアータが食べれなかったけど、ちゃんと帰れてほんとよかった。


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