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ベルリンからケルンまで、夜行列車を予約してました。早めに駅に行って、御飯食べて、30分前、ホーム確認。よしよし。

私もチケット。
ベルリンからケルンまでなのに、なぜかミュンヘン経由。この3都市はほぼ正三角で結べるくらいの距離。おかしいなー。でも、安チケットだかた経由しかないのかな。一泊分浮くしいいかー♪と気楽に思ってた。


けど、ドイツの地理がわかってきた今、
ベルリン→ミュンヘン 7時間
ミュンヘン→ケルン  2時間












おかしい!!!!え、もしやもしやもしやもしかして、間違えてチケット取っちゃった??



その、まさか。


ケルンじゃなくて、Klasysだった。ミュンヘンの近くの町。


このチケットを取ったとき、ケルンのスペルがよくわからなくて、Kから始まる似たようなとこを選んだ。

ドイツ名 「Kőln」 がなかったから。

でも、きっと私、英語版でサイトみてた。

英語名「Colonge」

Cじゃん!!もーほんっっっっと紛らわしい!!!てか、私も気づけよ!!!地図確認しろよ!!!
出発まで20分しかないし!!!!

もーーーーーーーーーーどーーしよう。




オフィスに行って、変更を頼んで見るも、安くなってるチケットだから払い戻しできないという。じゃ、ケルン行きは?と聞くと、早くて明日の朝6時、107ユーロ。


高っっ・・・・しかも、駅泊…




バスがあるはずだけど、もうオフィス閉まってるし、明日確実にあるかもわからないし。。。




とりあえず、ミュンヘン行くことにした。駅で寝るより、電車で寝たい。



1時間くらい遅れて、ミュンヘン到着。バス調べるもなさそう。金で解決するしかないな。
結局97ユーロだしてケルン行きの電車を買いました。毎日ケチケチ食費とか節約してた自分が悲しくなります。

ユーレイルパスを買えばよかった。



ミュンヘンで観光する気なんておきず、カフェでネットして時間つぶしました。ほんと落ち込むわ。


もってたアムス行きのバスチケットを調べたら「Kouln」て書いてあった。どうやらケルンで間違いない様子。

ちなみに、

オーストリアの
日本語「ウイーン」
ドイツ語「Wien」 
英語「Vienna」(ヴィエナ)

ドイツの
日本語「ミュンヘン」
ドイツ語「Műnchen」
英語「Munich」(ミューニック)

これ以外にも、発音ちがうのたくさん。特に日本語と英語が違いすぎる。そもそもドイツとGermany,日本とJapanも全く違うし!!!!

みなさん、ヨーロッパ旅する時は気を付けてくださいね。

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最近、日記がアートと重い話ばっかりですみません。観光も一応してます。

国会議事堂。戦争で破壊されて、新しくたったのがこれ。すごいでしょ。大人気です。
1時間くらい並んだしね。

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真ん中の鏡を中心にぐるーっとらせん状に上まで登れます。ベルリンの景色が一望。なぜか外からの写真撮ってなかった。。残念。



その隣の門。東西分裂時には通ることができなかった門。今じゃ自由のシンボルです。

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戦争で壊れた教会、そのまま残ってます。

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その代わりに建てられた新しい教会。さすが。


ガイドブックに一押し!と書かれてたmuseumに行ってみました。ペルガモンmuseum。ペルガモンの遺跡を建物の中にそっくり(全部じゃないけど)入れてしまった、大迫力の博物館なのです。
たしかに、すごかった。

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けど、予備知識がなさ過ぎて、「ペルガモン」って何?から始まり、バビロニア、イシュタール門…聞いたことあるな。程度の私には、オーディオガイドの説明(日本語)を聞いても、そうなんだぁ…くらいの感想。あぁほんと無知ってもったいないですね。


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イシュタール門

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ミュンヘンでコーヒー飲んで

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ボンをとおり


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ケルンに無事着きました。ケルンと言えば、大聖堂。
でかくて全部写らない・・・

ケルンは大聖堂しかない。はじめは行くつもりなかったんですが、、「登れる」と聞いて、キト(エクアドル)での興奮を思い出し、来たのでした。

確かに、大きい。今まで見た中で(たぶん)一番大きい。


が、あのスリルを期待してしまったのがダメでした。ここはヨーロッパ。ちゃんとしてました。塔の中の狭いらせん階段を上って、広い踊り場にでると、そこから鉄筋の階段。
ここで友達は挫折。恐そうだったからだって。

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途中からこうなる。

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それでも、窓からは遠いし、キトほどの怖さはなかった。行ける一番高いview pointも石の壁に囲まれて、窓から景色を眺めるというもの。

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なんとなく、不満。まぁ、よく考えたらこれが普通なんだろうけど。キトがcrazyだったんだな。うん。

彼らが一番crazyだけどw

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教会の中は綺麗でした。けど、外から見る大きさほどではない。この大きさの差は何だろう。余ったスペースはどこに行ったのか。

私が思うに、ケルンは日本ぽい。都会さが東京でなく、横浜と上大岡の中間くらい。むしろ上大岡より。教会はたくさんあるのと、旧市街を除けばそんな感じ。だからなんとなく親近感。

ケルンで見たかったのは大聖堂と、チョコレート工場。大きなチョコ博物館があると聞いて、ちょっと楽しみだったのに、私がいたのが月曜だったために、休みでした。残念。

なので、教会のあとは、買い物。今はバーゲンシーズン。H&M,ZARA,、、日本でも買えるってのに、50%offとかみると入っちゃうんですね。MUJIでは吊るせるポーチを購入。割高って知ってるけど、便利。ドミで大活躍です。



教会はドミで一緒だったコリアンと行きました。

彼女なかなかインパクトのある女性。35歳セカンドスクールとして教師を目指して大学に通っていたという。韓国では教師になるのは人気で難しく、たくさんの試験を乗り越えないといけないらしい。すごいなぁ。

韓国と日本の話になった。韓国語、ハングルはある一人の王が作って使われるようになったらしい。なんて王様だ。日本語は中国から来たんでしょ?と言われ、そうなのか?平仮名は日本独特なはず。平仮名の元は、万葉仮名。でも、万葉仮名ってどっから来たの?辞書で調べてみたら、感じが基になってるのでした。これ、常識なのかな。私、日本のこと知らなすぎる…恥ずかしかった。

私「韓国人はほとんどみんな韓国が大好きだよね。日本はアメリカとか海外に憧れてる人が多く、愛国心が薄いんだよ。私も、旅に出てから日本がすごく好きになった。」

文珍「韓国も同じだよ。心の中では西洋へのあこがれが強いけど、表面上で自国大好きってふりしてるだけ。知らないことが恥ずかしいから、そう言ってるだけなんだよ。日本人と同じshyなのに、openってふりしてるんだよ。」

そうなのか…一人の意見だからみんながそうなのかは分からないけど、初めて聞く意見で興味深かった

アルジェリア人の世界各国を旅してる男の子が帰ってきて、私たちが日本、韓国人と聞くとすごく興味を示してきた。日本も韓国も行ったことがあるらしい。

彼が言うには、アジアの女の子では日本人が一番だと。私と文珍が、見た目は似てるでしょ。というと、いや違うと大否定。アジア人以外で日中韓の違いを区別できる人初めて会ったよ。文珍は日本は礼儀正しくて、すごいよ。って誉める。

ほめられてんのか、馬鹿にされてんのか、よく分かんないけど、シャイな日本人の私は恐縮するのでした。


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って知ってます?私もウイーンであった子に聞いて初めて知ったんですが。

ずべてのものには、デザインがある。当たり前のことだけど、言われてみるとハッとします。今いる建物、椅子、机、パソコン、ノート、ボールペン、ずべてのものがデザインされてるんですね。もちろん建物も。

で、それを学として最初にできた学校がこのベルリンにあるバウハウスらしいです。

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いやーすごいことじゃないですか。Museumがあるって言うから行ってみたら、休みでした。10月まで改装らしい。そういやウイーンでバウハウスについて教えてくれてた子も言ってたな。忘れてた。

なので、バウハウスは全然見てないんですが、さすがベルリン、おしゃれです。壁の落書きも面白かったり。

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どうやって描いたんだろう。


タヘレス。ここは廃墟にアーティストが住みついて創作活動をしています。一見怖い。でも、そこらじゅうにアートがあり、彼らの才能を感じます。すごいなぁ。ヨーロッパってアーティストが多い。ツーリストでもデザイナーとか音楽家とかにあう。余裕があるんだな。

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ユダヤ博物館の建築はすごかった。内容はユダヤの歴史なんですが、中世風の建物と近代的な建物がまったく別のようで、地下でつながっているのです。近代的なほうは、ユダヤの辛い歴史をあらわすように、灰色で四角く、深い切り傷が入っています。

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中の、ある一つの部屋はすごかった。
ぶ厚い鉄の扉を開けて入ると、そこは何もないコンクリートで塗り固められたただの四角い部屋。扉が閉まると、しぃん…と静寂が広がる。ほとんど真っ暗。天井ははるか高く、絶対出られない。といった感じの圧迫さ。天井の一部が少しだけ開いていて、そこからわずかな光が差し込み、外の音がわずかに聞こえる。静かさ、暗さ、狭さ、圧迫感、恐怖。
そして、わずかな光と音、希望。

この部屋は、「ホロコーストの塔」と名前が付いていて、まさにホロコーストを感覚的に体感する場所でした。悲惨な写真を見るのとは違う、精神的ダメージ。時間があれば長い時間居てみたかった。


もうひとつ、難民広場という中庭。ここは四角いコンクリートがきれいに並んでいて、その間が通れるようになってる。歩いてると平衡感覚を失う。それもそのはず、地面が少し傾いているのです。不安と、目が回る感覚、新しい土地に行かなければならなかった難民の気持ちだそうです。

時間が足りず、全部の説明が聞けなかったのが残念。ザクロの木から始まる説明は今まで知らなかったユダヤの歴史を詳しく教えてくれました。

「中世は戦争の歴史と言うが、ユダヤ人にとっては迫害のない良い時代だった。」の説明には驚いた。てことは、ほとんどの時代にユダヤ人は迫害を受けてたの??なんでそんな嫌われてるの??キリストを処刑した民族だからって、キリストもユダヤ人でしょ??恰好が特殊だから?ただのいじめ??

宗教ってむずかしい。

2009.06.26 壁@ベルリン


ベルリンに来た目的はベルリンの壁を見ること。

WW2後、1945年から東西に分けられたベルリン。東から西へ流れる人を止めるために1961年に壁が建設され、1989年まで27年間も壁はあったのです。て、常識ですよね。私も壁のことは知ってたけど、ちゃんと調べてみて、その年月にびっくりしました。最近じゃん。まだ壁崩壊から20年しか経ってないし。私の生まれたとき、ドイツはドイツじゃなくて、西ドイツと東ドイツだったんだ。恥ずかしながら、その現実をやっと今、認識したのでした。


ガイドブックに載ってる範囲の壁の跡はほぼ全て歩きました。(全部じゃないのは道を間違えたときがあったから…w)実際には西ベルリン全体をぐるっと壁で囲んでたんだから、東ドイツの人たちも御苦労なことです。

壁がどこにあったかは、地図と標識。交差点には必ずこの「Berliner Mauer」ってのがあって、辿れるようになってます。

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壁も、一部残されています。

@east side gallaly
ここは残された壁に世界各国のアーティストが絵を描いているところ。素晴らしいアート。日本の作品もありました。

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@ベルリンの壁記録センター
この通りには国境沿いに建物がたくさんあり、窓から飛び降りて脱出を図る人がたくさんいたようです。センターの前には、一部当時の壁と、東側の監視領域も残されています。これがずーーーっと続いてたなんて、異様ですよね。

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@壁博物館(check point charley)
西と東の関所は3つ。A(アルファ),B(ブラボー),C(チャーリー)。この一つのチャーリーの角の一つの建物が博物館になってます。個人の人が作ったものでしたが、壁に関する様々なものが寄贈され、貴重な博物館です。

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車に隠れて西へ脱出

これら以外にも、壁を使ったアートがたまにあるくらい。場所によってはこんな壁の跡を示すようになってたり。でも、ほどんどは今は普通の道でした。

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ここも壁があった。
住宅街を歩いてると、アパートにまぎれて、監視塔が残ってました。これは驚いた。しかも、東ドイツの旗と、監視員の人形付き…怖かったです。

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DDRmuseumにも行ってきました。ここは東ドイツの市民の生活を紹介してる博物館。
最初の印象は、貧しい様子もなく、女性の社会進出も発展していて、豊かなイメージでした。が、よくよくみると、自由がない。服も作るのは政府で、西に一歩遅れたはやりを取り入れていたそう。家の中も一見普通だけど、壁紙の種類は限られていて、TVの内容も教育的というか、西のようなnewsやダンスバラエティーみたいのはなかった様子。コーヒー100%のものは高く、コーヒーmixという麦とかが混ざったものが主流だったよう。

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International shopは、西のものなど買えたが、海外の通貨で高く、ほどんどは偉いお金持ってる人たちのための店だった様子。

東のことしか知らなかったら、気にならなかったんだろうけど、外の情報を得るとその時自由のなさに気づいてしまうんだろうな。政府も、情報の制限はしきれなかったようだ。



自由ってなんだろう。


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check point charly にあった看板(今もレプリカがある)

ドイツに入りました。綺麗だと聞いたドレスデンに一泊。

うん、綺麗だけど、特になにもない。宮殿とか、教会とか、昔からの建物。感動しなくなっちゃってるみたいです。

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よかったのは、宮殿の中庭で聞いたトランペット。壁に囲まれてるために音響もいいのか、すごく上手だった。一応3年間やってたトランペット。まるっこい音が懐かしさ、と疲れた心を癒してくれる。しばらーく近くに座って聞いて、お金投げて帰ってきた。私も吹きたくなったー!!

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ここドレスデンは、旧東ドイツ。歩いてたら、壁に東ドイツのマークが残っててどきっとした。

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ドイツのお土産の一つに、”アンペルマン”がいます。これは信号のキャラクター。西と東で信号機がちがってて、東の信号がかわいいんです。

これが西。新しく作ったとこは東のだったり、西野だったり、適当のようです。
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で、東。

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なんと、女の子バージョンを一か所だけ見つけました!!

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かわいいですよね。私もストラップ買っちゃいましたw


あと、「衛生博物館」。大学時代、衛生研究室だったので、行っとこうかなって行ってみたら、これが大正解!!

衛生というか、体の仕組み博物館って感じ。体の輪切りとか、器官の説明やら、ほんとの臓器のホルマリン漬けがあったり、生命の誕生、生で胎児が見れたり、脳の説明や、神経の説明まで、わかりやすく写真、絵はもちろん、体験しながら学べるところ。ドイツ語はわかんないけど、見てるだけでおもしろい。

学校の授業で来ている小学生の団体、高校生くらいの団体も見た。性コーナーではかなり生々しく映像や写真も。AIDSの病理模型とか、結構ショッキングなの多いけど、すごいいい教育になる。食べ物コーナーでは牛の筋肉模型とかあって、さっき見た人間と変わんない姿。同じ動物を食べてるんだって感じるし、太陽光不足で曲がった骨とか、栄養とること、外にでることなどの大切さも学べる。

キッズ用の展示室もあり、錯覚、匂いなど、体験しながら体の仕組みを学べるようになってる。さすがドイツだな。


特別展では、「戦争と医療」がテーマ。戦場での医療現場、薬、手術器具、first aidなど、その中には強い痛み止めのオピオイド系のも、モルヒネもあったり。

ある真っ暗な部屋に入ると、そこはアフガニスタンのアメリカ軍の基地の映像が流れていて、あたかもそこに居るような錯覚に陥る。カラーの映像、運ばれる人…地下なのか、薄暗く銀色の壁。これは第二次世界大戦でもなく、つい最近、むしろ今の現状。。


ペニシリンの展示の横に発売当初のCM(?)が流れてた。画期的!!これで何人もの人が助かるでしょう!!って言ってた。戦争中の病気って言ったら、傷口からの感染がすごく多そうなのに、ペニシリンができるまでは抗生物質ってなかったんだよなぁ。どれだけの人が感染でなくなったんだろう。恐ろしくなった。

放射能の被害についても、あった。ベトナムの奇形の子供たち、被爆者。英語の説明に”HIBAKUSYA”って言葉があった。あえての日本語。長崎以来原爆が投下されてないこと、被爆者への敬意を感じた。

最後の展示は、心の傷。たくさんの人の言葉、映像が戦争の悲惨さを物語る。映像の一つは被爆者のものだった。日本語だから、英訳では伝わらない細かいニュアンスもわかって、泣けてきた。一人のおばあちゃんが語った言葉が一番苦しくなった。

「やっと戦争の話を伝えられるようになったけど、未だに出来ないことが一つだけあります。それはね、妹の名前を呼ぶこと。」

それだけは辛くてね、、、と亡くなった妹さんの映ってる写真を眺め、指しながら、言葉を濁すおばあちゃん。最近のどの博物館で読んだ言葉よりも心が締め付けられた。



この現在も、世界のどこかで火の手が上がり、発砲され、誰かが血を流し、誰かが亡くなっていく。血が流れなくても心の傷は深く、何年も残っていく。。一年もただ旅をしている自分の平和さ。自分がいかに幸せかを感じました。

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人形劇、マリオネットはフランス語だとフランス人に指摘されました。そうだったんだ。でも、こっちのお土産屋もマリオネットって書いてあった。チェコ語は読めないし、まぁいいじゃないか。

見に行きました。あんなに人形売ってるのに、実際見れるのは一か所だけ。(と、インフォメーションの人は言ってた。)演目はオペラの「ドン・ジョバンニ」ストーリーは女癖の悪いドンジョバンニの話、って程度しかしらなかったけど、面白かった。


オーケストラの指揮者が幕の前後にちょいちょい出てきて、笑いを取る。びっくりしたのは、水の入ったグラスを持って(さすがにこれは操る人が持ってた)、水をこぼす。かかってるけど!人形高そうなのに、大丈夫かなぁ…そんなことが気になる。

ドンジョバンニの人形なんてもっと高そうなのに、普通にボーンって投げて落としたり、結構扱いが雑。演出には必要なのかもしれないけど…ドキドキしてるセコイ私。

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最後に、怪物みたいのが出てきて、なんとそれは布を着たほんとの人間。えー人形劇の舞台に人間出てきちゃったよ!!それもびっくりだし、エンディングは一人の操者が時計を気にしだし、舞台に出てきて無理やり片づけ始め、終わるって言うもの。笑いは取ってたものの、ほんとにそれで終っちゃって、、、なんだか拍子ぬけ。なんだかなぁ。


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ま、でも面白かったからいいか。

芸術関連でもうひとつ。
チェコはアルフォンヌ・ミュシャでも有名な国。叔母に絶賛されて行ったミュシャmuseum。すごくきれいな女性、アールヌーボーのきれいな曲線で描かれた背景、輪郭がはっきりしてるからか、勝手に最近の女性の作品と思ってました。マンガっぽさも感じるし。したら、結構前の人なんですね、しかもおじさん。そんな柔らかい絵を描くなんてずるいです。完全に騙されてました。本当に綺麗。

Museumで何がびっくりって、8歳のミュシャの絵。キリストの磔刑の絵。8歳、小学2年生で、キリストの体に影をつけて凹凸をつける。なんてこと!!天才は違うんだなーって思いました。


プラハ城のなかのヴィート教会には、ミュシャのステンドグラスがあります。ほかの窓ももちろんきれいなんだけど、ミュシャのは一際目立ってた。全体的に緑で、色にも線にも柔らかさが出てるって言うか。美しかった。さすがです。

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ちゃんと観光もしました。

名前忘れちゃった…教会。雨降ってきたから入ったんだけど、すごかった。ピンクの大理石と金。
美しい教会でした

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カレル橋。賑やかどころか人がいすぎて通りにくい。

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触るといいことあるらしく、一部だけぴかぴか。

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夜景。そういえば、私この夜景が見たくてプラハにきたんだった。ある漫画に宝石箱のような世界中で一番美しい街。みたいに書いてあったから。単純ですね。でもきれいだった。


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チェコはなんとなく暗いイメージがありました。たぶん人からの話、マンガの影響などですが。

チェコは、神聖ローマ帝国、ハプスブルグ家、オーストリア帝国、オーストリアハンガリー帝国、ナチスドイツ、ソ連、、、今までの歴史のほとんどはどこかに支配されてたのです。それは、暗くもなるかも。。

一大観光地となったプラハでも、その名残はありました。

チェスキーに引き続き、拷問博物館があり(ほかの国にもあるみたいだけど、チェコは町に看板がいくつか立ってる)、暗いオブジェがあったり、カフェやバーのテーマがおどろおどろしい感じだったり。黄色い電灯のせいもあるかもしれません。


ハンガリーから興味あった共産主義についての博物館へ行ってみました。看板はこんなにかわいい。

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ナチスから“解放”してくれたソ連の支配。チェコの歴史とともに、共産国家の様子を垣間見れました。

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農業も国のもの。もちろん給料は国から支払われます。それは必要最低限の額。ものは少なく、人々は物々交換もしていたそうです。

アメリカなどからの嗜好品が闇で売られてたり。

共産主義のいいイメージづけのためのプロパガンダ(宣伝)。アメリカ批判が強かったようです。健全さをアピール。

秘密警察のことも。

一番驚いたのは、スターリンの言葉。ロシア語分かんないから、英訳文を。

「one death is a tragedy , one million deaths is a statistic.」

ひとりの死は悲しい出来事だが、百万人の死はただの統計にすぎない。

私の訳では私の解釈になってしまってますが、彼の恐ろしさはわかってもらえると思います。“見ろ、人がゴミのようだ!!”と言ってた誰かを思い出します。ほんとにそんな人がいたとはショックです。


悪いイメージばっかり書いてありましたが、ここまでソ連などに浸透したのは理想があったから。旧ユーゴスラビア、キューバなどではうまく行っていた(る)わけで、すべてが悪ではないはず。まだ知識のない私にはよくわからないですが、片方からの情報だけじゃなくて、いい面もしらべてみようと思いました。


ここ、チェコのユダヤ人もナチスの迫害にあいました。チェコで一番古いユダヤ人街にはいくつかの建物に別れて博物館があります。ユダヤの生活、歴史が紹介されてました。ちょうど、イスラエルに行った旅人の話も聞けてたので、より理解できました。

誕生、割礼、成人式、安息日、食事、死など、ユダヤの生活は興味深いものでした。金曜の日没から土曜の日没までは安息日。仕事をしてはいけません。特に、火をつけるってのがダメなので、金曜の日没前に火をともすのが女性の大事な仕事。あとは、豚肉がダメだったり、骨のない魚はダメだったり。私、全然知らないんだなぁーって思った。キリスト教と似た感じと思ってたけど、全然ちがう。むしろ、イスラムに近いイメージになった。

偶像崇拝禁止だから、シナゴークってイスラムみたいな幾何学模様で飾られてる。

モーセが神から聞いた十戒のなかに、偶像崇拝の禁止があったから。
ん?キリスト教って、旧約聖書も信じてるんじゃないのか…?

ユダヤに言わせると、聖書のどこにも12月25日にキリストが生まれたなんて書いてないらしいし、磔になったのも、十字架なんて記述はないらしい。。。んー。なんでこうなったんだろう?てか、誰かがキリストの絵を描いただけで、それにみんながお祈りするってのも、不思議。なんか儀式するのかな。


勉強不足ですね。帰ったら図書館だ。




暗いというか、衝撃的な教会に行きました。プラハからバスで1時間のクトナーホラという町。街自体も世界遺産ですが、まぁ普通。

ここが有名なのは人骨教会。

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全部人の骨なんです。本物です。こんなんにして、罰はあたらないのでしょうか。

日本語の説明書を借りれるので読んでみると、、、ここの教会の司教さん(?)がエルサレムのゴルゴダの丘の砂をひとつかみ持って帰り、この教会の庭にまいたのがきっかけで、たくさんの人が最後はここに葬られたいと思ったらしい。それに、ペスト大流行もあり、たくさんの人の骨が集まった…からって、これ作るか??と疑問はありますが、怖いというよりも芸術です。美しさを感じるほどです。

手足、頭がい骨だけじゃなくて、骨盤とか背骨とかもうまく使われていて、そのアイデアにはびっくりでした。

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紋章。

かわいい街。ヨーロッパのガイドブックを見てるとよく出てくる言葉。ドブロヴニク、スプリット、コトル、トレド、セゴビア、ザルツブルグ・・・などなど…・・行ってみると確かにかわいいんだけど、昔ながらの石づくりの町並み、細い路地など、少しずつ違うけど、大まかには似てる。そのときの気持ちの問題が大きいとは思いますが、ものすごい感動はなかった。

けど、ここはほんとにかわいかった!!

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観光地化されてるのは確かだけど、お店も看板もいちいち可愛らしい。で、特にこのお城が。なんてカラフルなのっ!!?これが最近のものじゃないんだからびっくり。色褪せてるってのもあるし、光の加減で色味が変わっていく。何回も写真撮ったけど、なかなか鮮やかには写りませんでした。でも、、、かわいいなぁ。何度も見上げては見とれてしまう。

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古いのにきれいな街でした。壁の色が塗りなおされてて、ゴミも少なく、小奇麗。

でもちょっと裏手に回ると、ボロボロの壁が。

現代美術館に行ってみると、社会主義時代の絵が。

拷問博物館が。

なんとなく暗いイメージのチェコ。チェコに入ったんだ、という気がしました。


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かわいいアロマのお店


バスに乗って、大自然を見にザルツカンマーグードに来ました。

ロープーウェーでてっぺんまで。激高のチケットに多少後悔しながらも、登るとそこは最高の眺め。歩くと3時間以上かかるみたいだし、まぁいいか。

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緑、青とすこしずつ違った色を見せる湖、山々。
視界いっぱいに広がる自然、心が洗われますね。

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パラセーリングしてる人たちも。60歳を超えていると思われるおじいちゃんも一人で飛んで行きました。心配で着地まで見守っちゃったw余計なお世話でした。

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雪に覆われたアルプスも見えました。
私、ヒマラヤ、アンデス、アルプス、見たんだな。。。なんかとても満足な気分でした。アンデスしか登ってないけど(しかもバスで超えただけ)。

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この日は久しぶりに完璧な天気。太陽がバッチリ出てて、暑いくらい。山頂で本読んだり、湖のほとりでアイス食べたり。のんびり過ごしました。
でも、ここに一人でいる人は少なく、ちょっとさみしかった。。



映画にも出てくる汽車。
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モーツアルトの生まれた場所、Sound of Music(映画)の舞台、そんなかわいらいしい町、ザルツブルグに来ました。



この映画、有名だよね??あの、ドレミの歌やエーデルワイスが出てくるやつです。正直、忘れかけてた記憶をホステルで映画見て思い出しました。むしろ、久しぶり過ぎて覚えてなかったw

で、映画の舞台を回りました♪(私が個人でいける範囲)

マリアがいた修道院。

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マリアがトラップ家に行く前に通った噴水。馬に水かけてました。

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子どもたちと歌いながら通った道。
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ドレミの歌ラストシーンのミラベル庭園。
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音楽祭で使った野外音楽場。何かの準備で入っちゃいけなさそうだったけど、ドアが開いてたのをいいことに入ってみたw

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ドレミの歌を練習した丘。歩き方に西端って書かれてたし、景色的にもたぶんここだと思われます。で、ここで事件は起こりました。

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マリアたちみたいにこの原っぱを駆け回ってみたい!!と思った私は、迷った挙句に網をまたごうとしました。ロープを押し下げようとした瞬間。


ドキッ


心臓の音です。初めて、電気ショックを受けました。心臓ががっつり動くのを感じました。ロープに電気通ってたんです。死ぬほどの高圧じゃなくてよかった…。悪いことはしちゃダメですね。


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モーツァルトの生まれた家



ウイーンの美術史博物館は、マドリッドのプラド美術館、パリのルーヴル美術館に並ぶ3大美術館のひとつ、と地球の歩き方に書いてあったので、行ってみました。
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知ってる絵としては、これ。バベルの塔。あの聖書にでてくるやつですね。模写してる人のうまさにもびっくり。


ルーベンスの作品もありました。フランダースの犬で一躍有名になった(と思う)ベルギーのアントワープの大聖堂の絵。ネロが最後に見ることができたあれです。私はあの絵を見に、このあと、アントワープに行く予定であります。けど、

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あれ??これって・・・・・アントワープの絵にすごく似てる気がするんだけど…えーっとえーっと。もしかして、大きい絵描く前に描く小さい版…?

私、、、見ちゃった??

アントワープ行く意味ない???


いや、まだわかりません。実際行ってみるのとは違うからね!ということで、アントワープ行きは変更しません。


正直な感想は、素晴らしい作品がたくさんありますが、ほかの2つと比べていいのかなぁ。。。といった感じです。プラド、ルーヴルのほうが断然すごかった気がする。。。




宮殿のお庭にバラがありました。いろんな種類のバラがたくさんあって、すごくきれいだった。

花ってみてるだけで人を幸せにさせるからずごい。s-IMG_4754.jpg

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私のお土産は基本的に各町でポストカードを買うこと。で、カード見てたら、かわいいデザインの家が。なになに?これ、ウイーンにあるの???気に入ったその建築家のカードを値段見ずにレジへ持ってったら、なんと2.2ユーロ…高っ!!!でも、気にいったので買いました。スペインで会った旅人が、もうそこには来ないかもしれないから、気に入ったものは買ったほうがいい、と言ってたのを思い出したのです。まぁ、、、日本でも買えることが後からわかったんだけどw

で、その建物がどこにあるか店のおじさんに地図にマークしてもらい、芸術学校休学中の子と一緒に行ってみました。ちなみに、その建築家の名前は、HundertWasser。有名らしいねw

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木に隠れてしまってるのと、色褪せているのでわかりにくいけど、なかなかの奇抜さ。ガウディーみたいな感じでしょうか。ガウディー見てないから分かんないけど。柱、窓、細かいところまでかわいい…かわいすぎる!!思い切って、18ユーロもする時計買っちゃいました。
建物の中は普通に人が住んでいるので入れません。流れていたDVDで紹介されていたのをみると、緑でいっぱいの中庭、かわいい階段、さすがに部屋はそこまで奇抜な感じもなく、住みやすそうでした。家賃が気になる…w住みたいけど、常に観光客が自分のアパートを眺めてるのはいい気持ちしないかも。

隣のお土産屋のなかも彼のデザインでした。ちょっと高めのトイレ、気になるから入ってみたら、、、

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意外と普通でした。残念wニュージーの公衆トイレはすごいらしいです。
そう、ちなみに、彼の作品、大阪にあります。ゴミ焼却場とキッズパークみたいな名前のとこ。あと、東京のTBSにも。へぇー全然知らなかった。大阪の建物はものすごかった。(写真で見る限り)日本帰ったら行ってみよう♪




MUSIUM SQUARE ってとこがありました。現代美術の美術館やギャラリーが集まるところ。中はすべてがオシャレで、みてて飽きない。特に、本屋は面白かった。美術、デザイン系の本ばかりがそろってて、2時間近く立ち読みしてました。

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町に飽きてきてたヨーロッパ。でも、デザイン、美術はさすが。町をかわいいもの探しながら歩くのが最近の楽しみです。


オーストリアと言えば音楽!!モーツァルト!!

町にはモーツァルトの格好した客引きがいます。せっかくなので、コンサート行ってきました!!毎年ニューイヤーコンサートを行っている楽友協会40ユーロは高いから、discountないの??て聞いたら、

「discountはないけど、beautiful Japanese girl には特別なチケットがあるよ」

まじでー!ありがとう!!何人もに言ってるだろう言葉を素直に喜びと23ユーロで当日引き換え券をくれました。

それがこの席。75ユーロのステージすぐ横のボックス席最前列。いいとこすぎる!!!

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みての通り、演奏者、指揮者、みんなモーツァルトの格好してます。ふざけてんのか…って思ったらおおまちがい。大真面目です。演奏は素晴らしいものでした。しかも、知ってる曲ばっかり!!オペラも素晴らしい!!大感動でした!!あー満喫。

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ドミに、箏を持った日本人が来ました。日本でも活動してる本物のアーティスト、かりんさん。箏は中学のときにちょこっと触ったことがあるだけ。普段は25弦のお箏で演奏してるそうですが、旅中は13弦。そんな種類があったことも知らない私。

弾いてもらいました。

聞き入っちゃって、写真もムービーも取り損ねました。鳥肌ものだった。お箏っていうと、正月のあの曲や、さくらくらいしか聞いたことなかったけど、、それとは全然違う、眠くなる感じではなく、なにかオーラがあるというか、すごく楽しそうに弾くかりんさんの姿にも引き込まれていたのかもしれません。

彼女のHPからyoutube見れるので、のぞいてみてください!!箏の先入観がかわります。
http://www.karin-sound.com/


音楽とはちょっとずれるけど、バレエ見ました。次のザルツブルグで宿取れなかったから、延泊。そのおかげでみれました。

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初めてちゃんと見るバレエ。オペラ座の立ち見で4ユーロと激安だけど、よく見えるいいとこだった。てか、バレエすごい!!演目はAnnaKarenina。もちろん知らなかったんだけど、曲は知ってた。かつて話題だったCM人材派遣のオー人事オー人事で流れてたやつ。知ってる曲だから入りやすかったのか、チアでちょこっとバレエを教わったからか、全く飽きずに真剣に見れた。

優雅なんだけど、女性も男性も筋肉すごくて、これを作るためには相当な練習がひつようなんだなぁってわかる。ほんとに、美しかった。バレエ、また見に行こう。影響されやすい私はこの日からちょこちょこ柔軟始めてますw




行こうかな―って思ってた、スロバキアのブラチスラバを飛ばしウイーンに入りました。


ここのメインは(きっと)シェーンブルン宮殿。中の見学どうしようかと思ったけど、日本語のオーディオガイドがあるということで、行ってきました!!

あー、全部わかるよ。説明の聞きがいがある。。。なので、ひとつひとつの部屋がとても興味深かったです。これがヨーゼフ2世の書斎かぁ…ここがシシィの…。日本語万歳です。

中ではほぼ個人行動になってしまいましたが、ドミで一緒だったニュージーのマリアと、アメリカンのアイーシャと一緒に行きました。

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傘を乾かす二人

マリアのお母さんはドイツ人。だから彼女はドイツ語と英語を話す。はぁ、うらやましい。久しぶりにひとり旅の子に会った。

アイーシャはフォトグラファー。一緒に歩いてても、急に立ち止まって写真撮ったり、観点が違う。Canonの小さい一眼で、レンズを替えたりすることもないけど、いい写真をとる。やっぱり違うんだなぁ。

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シェーンブルンの中庭。さすがの手入れ。お花の模様が素晴らしい。優雅だなぁ。


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ウイーンと言えば、ザッハートルテ!!!ホテルザッハーで生まれた、本場のザッハートルテを食べに行きました♪おいしいー!!けど、甘いwアイーシャは水もほぼ飲まず完食。アメリカ人甘いもの好きだなー。。


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らしいです。クラクフ。確かに旧市街にはお城や大きい教会があって可愛かった。正直な感想は…似てる、よくある感じ。ひどい観光客ですね。

てことで、岩塩採掘所にいってみました。

地下深くで塩をとってた跡にはいります。ガイドと一緒に入らなきゃいけないんですが、、英語とポーランド語で500円ほどの差が。ポーランド語にしましたwだって、英語でも対して分かんないんだもん。英語の進歩が少なく(ちょっとは成長しましたが)、残念です。

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地下何百M を階段で降りる。だんだん寒くなる、

説明は全くわからないので、見て楽しむ。

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なぜ小人??

なかには教会が。レストランもあったり、もはやどこに来たのかわからなくなってきた。

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そんな、微妙なかんじでした。説明がわかったら違ったのかなー。
鉱山にはいるなら、ボリビアのポトシが一押しです。働いてる姿が直に見れます。

お城からの眺め、虹久しぶりにみた♪
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ポーランドのドイツとの国境近くの町、クラクフ。広いポーランドでここだけにわざわざ寄ったのは、言うまでもなく、、、アウシュビッツを見るため。

この旅を出発する時にはいくかどうか迷ってた場所。でも、ハンガリーのことを調べてたら、行かなきゃいけないって思った。人間のしたことを認めなきゃって。

一人でちゃんと見れるか不安だったけど、日曜ってのもあり観光客たくさん、しかもブダペストで一緒だったニシオさんとバス停でまさかの再会。一緒に回ることに。

2日前、ブダペストで「シンドラーのリスト」を初めて観た。前々から母親がかわいそう過ぎて見れない。と言っていたので、私もみる気にはなれなかった。けど、見てよかった。勝手な妄想でシンドラーは悪いやつで、バンバンユダヤ人を殺して行くんだ。と思ってたけど、逆でした。ほんと無知でした。よくよく考えれば、収容された人たちを救おうとする人もいておかしくない。でも、そういう人たちがいたってことが、嬉しかった。この状況でまともに考えれた人間もいたこと、人間も捨てたもんじゃないじゃんって。

第一アウシュビッツと、第二アウシュビッツ(ビルケナウ)両方見に行きました。

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第一アウシュビッツのゲート。「働けば自由になる」Bが逆さまなのは、収容者のせめてもの反抗だとか。

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収容所のまわりはこの二重の高圧電流の通った鎖で囲われていたのでした。辛さから自ら触りに行く人もいたという。。


写真でも、映画でも何度も見たゲート、線路、煉瓦造りの小屋。
実際見てみると、当たり前だけど、カラーだった。
白黒ってのは、昔をイメージさせる。私の生きてきた時代は初めからカラーテレビだったし、写真もカラーが普及してた。だから、実際カラーで見ると、それが現実だったことを改めて思い知る。ここで、何人もの人が、人としてみなされずに、少ない食料だけで働かされ、働けない人は即ガス室へ。

展示は、よりショックを受けた。没収したカバンや、靴、義足など、、知っていたけど、実際見ると衝撃は違う。とくにショックだったのは髪の毛。ショーケース2面分にわたる大量の髪。布を作るために売られていたが、ガス室に送るようになってチトロンB(気化させて使われていた)の残留物が髪に残ってることがわかり、それからは売れなくなったという。それが、この髪かは分からないけど、、多すぎる。人からとれる髪の量なんてたかが知れてるのに。。思った以上の相当の人数が収容されていたことを知った。


写真は見るのも辛いものが多かったが、一番怖いのは見てるうちに慣れていく自分だった。管理してたSSも、収容者を簡単な理由で殺すのが正当化されていたころ、徐々に慣れていってしまっていたんだろう。



たくさんの人に訪れてもらえるように、ここは入場無料になっている。いいことだと思った。人間はこんなことまでできてしまうんだ、その事実を知り、二度とこんなことが起こらないように。


Wikipediaで読んで感動した一文を載せます。最後は体力ではなくて、精神力です。

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生命を最後まで維持させた人々の特性は次の3種類に分類された。

第1の分類には、過酷な環境にあっても「愛」を実践した人々が属した。アウシュヴィッツの全員が飢えに苦しんでいる環境で、自分の乏しい食料を病人のために与えることを躊躇しないような人類愛に生きた人々が最後まで生存した。

第2の分類には、絶望的な環境にあっても「美」を意識できた人々が属した。鉄格子の窓から見る若葉の芽生えや、軒を伝わる雨だれや、落葉の動きなどを美しいと感じる心を残していた人々が最後まで生存した。

第3の分類には「夢」を捨てない人々が属した。戦争が終結したならばベルリンの目抜き通りにベーカリーを再開してドイツで一番に旨いパンを売ってやろう、この収容所を出られたならばカーネギーホールの舞台でショパンを演奏して観客の拍手を浴びたい、などの夢を抱くことができた人々が最後まで生存した。

佐久間章行著『人類の滅亡と文明の崩壊の回避』p.218-219からの引用

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私たちが訪れた日はとてもいい天気だった。こんなきれいな青空を収容者たちはどう感じていたんだろう。

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地下宮殿があるときき、ある写真に触発されていきました。怖いから男の子2人連れてw
昔の宮殿跡を紹介してるのかと思いきや、一つのアトラクションでした。

地下は薄暗く、わずかな明かりのみ。(18時以降は真っ暗でライト一つ渡されて回るそうです)おどろおどろしい音楽まで流れ、よくわからない銅像が立ってたり、泉があったり、ワインの泉があったり(昔ここでワインを作っていたらしい)、、、


ハイライトこれ

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急にこれ出てきたら怖いだろ!!まぁ、この写真見て大爆笑していくこと決めたんだけどw


途中から第二幕、雰囲気ががらりとかわって、化石の展示が。なんの化石って、

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スニーカーの足跡から始まり、携帯、ノートパソコン、コカコーラ。。。
説明には何百万年前の…って。ふざけてんのかーーー!!!!

ふざけが過ぎます。くだらな過ぎる。みんなで一気に冷めました。ハンガリー人はこれが面白いのでしょうか。文化の違いですね。


最後にほんとに真っ暗な部屋があり、1人が持ってたライトだけで進む。これは怖かった。一人で来ないでよかった♪




他にも観光をしましたよ。

ハンガリーは温泉で有名。ルダシュというところに行ってみました。週末は水着混浴。43度のお風呂があるので日本人には嬉しい限り。

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教会、
シナゴーク(ユダヤの教会)、
王宮など。

夜景。ブダペストと言えば夜景だったので、ほんと見れてよかった。きれいだった。1時間以上見ながらくだらない話してました。

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芸術も。


初オペラ!!サロメっていうお話。いく前にネットでストーリー読んでいってよかった。

簡単にストーリーを。(私の覚えてる範囲)

弟(いとこかな?)の嫁を奪って結婚したヘロデ王。今は娘サロメに気があるようです。(この時点でおかしい)↑これを非難した洗礼者ヨハネは井戸(?)に閉じ込められてました。井戸から聞こえる歌声に興味を持ったサロメは自分に気がある衛兵をそそのかしてヨハネを出してもらいます。で、恋に落ちたのか、いい寄るがヨハネは興味なし、なぜかせっかく出してもらった井戸に戻って行きます。

王はサロメにダンスを踊らせます。その褒美に何でも好きなものをやると。
サロメが頼んだもの。それは「ヨハネの首」。さすがに聖人を殺すのはためらう王。が、娘の願いに実行する。首を手にしたサロメはヨハネにキス。歓喜のサロメ。それを見た王はサロメを殺すのでした。



おかしいでしょ。歪みすぎでしょ。オペラ自体は素晴らしかったけど、何かが引っ掛かりました。聖書を基にしたお話らしいけど、、、昔の人は理解不能ですね。ちょっと奮発して1700円くらいの席をとったらBOX席で、すごいよかった♪久しぶりの舞台、たのしかった。迷ってたダンスも見に行くことにしました。

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コンテンポラリーダンス。創作ダンスに近いかな。セリフはなく感情をダンスで表現する。初めてみる類のダンスで、興味深かった。こっちのストーリーはまた現代的で違った感じのおかしさだったけど、素直にダンスがかっこよかった。




博物館は、結局、薬学、医学博物館にいきました。
医学は、病理もやってて、実際に人間の臓器を切って説明するビデオはなかなか衝撃的。興味深かった。その日がフォアグラだったから、より複雑な気分でした。

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世界初のレントゲン

馬のフェスティバルも。ハンガリー各地から集まった馬が、英雄広場で走ります。狭いし、雨でぬかるんでるからか、落馬してた。いやー大丈夫かなー。

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出店もたくさんあって、お土産買ったり楽しかった。


踊ってる人たちを撮ってたら急に誘われて。一緒に踊ったというよりは、踊らされてたwおじちゃん酒臭い…

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なにかとやることのある1週間でした。充実充実☆

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ブダペスト、ヨーキー多い・・・ケンタ(うちの犬)に会いたいよー><

ブダペストに向かう列車で一緒だったアメリカ人に、ブダペストお勧めの場所を聞いたら「メメントパーク」と答えました。なんでもたくさんの像が置いてあり、おもしろいと。

歩き方にも載ってないところで、宿の人に聞いたら、それは共産主義時代に町じゅうにあった像を一か所に集めた公園だとか。

共産主義。なんとなく知ってるようで、何も知らない。行くなら勉強して言ってからのほうがいいとのアドバイスを受け、ハンガリー史を勉強することにした。本があるわけじゃなので基本wikipediaでw

ナチスの支配、ソ連支配、秘密警察、ハンガリー動乱、ベルリンの壁崩壊のきっかけをつくったヨーロッパピクニック計画。

自分の無知さにびっくりした。自分の存在した時代にもここでは秘密警察がいて、政治犯を捕まえていたこと。ベルリンの壁崩壊にハンガリーがこんなに大きな影響を与えていたこと、、、恥ずかしながら、レーニン、スターリン、毛沢東は英雄だと思ってました。大変なことですね。

宿に会ったヨーロッパピクニック計画のドキュメンタリーDVDを見て、ナチ、ソ連支配時代、秘密警察のことを展示した博物館「恐怖の館」へ。正直、説明が全部英語であまり理解できなかった。悔しい思いをしました。市民が相当な弾圧を受けていたことはわかりました。ナチスの虐殺風景を初めて映像で見て、体が凍りつく、ほんと文字通りの体験をしました。冷っと全身に冷気が走ったのです。アウシュビッツにいくのにより勇気が必要だと思った。

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メメントパーク。こうやって、共産の意識を高めたんだろうな、これを見るだけでも、圧迫されてる感じを受けました。メインはスターリンのブーツ。英雄広場に建てられていた8mのスターリン像はハンガリー動乱で切り倒されました。8mの像を。民衆の力はすごい。

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秘密警察の指導ビデオでは、盗聴の仕方、尾行の仕方などが。国で個人を監視してるなんて。恐ろしすぎる。自由のない世界。

戦後、日本がアメリカ支配でよかったと思いました。なんでこんなに近いのにソ連じゃなかったんだろう。もし、ソ連支配だったら…今、旅には出れてなかったでしょうね。日本のここまでの発展はアメリカの力が大きかったと思わずにはいられません。



今まで戦争について避けていた自分がいました。ユーゴの時もだけど、徐々に向きあえてきた。ヨーロッパにきてよかった。


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スターリンのブーツのあった、英雄広場
世界一周6大陸の私。それなりの急ぎ足で回らないと回りきれません。なので、基本各町2,3泊なんですが、ウシュアイア、ブエノスを越して、ここブダペストに1週間滞在してしました。

理由は、天気が悪かった、日曜祝日月曜で観光しにくかった、バスの日程が合わなかった、、、そして、宿の居心地が良すぎたw

日本人宿アンダンテ。旅人ではかなりの有名宿。マンガの品ぞろえはダントツです。私も途中から読んでないマンガがあってすごく魅力的でしたが、、、マンガ読んだら終わる。沈没者になる!!と、ぐっと我慢。えらいな、私。

シェア飯も多く、食を楽しんでました。
宿にタイ人プーさんが。アユタヤでゲストハウスをしてる彼女は毎日タイ料理を作ってシェアしてくれます。大好きなタイ料理に、こんなとこで会えるとは!!!イエローカレー、炒め物など、本場のタイの味、すごいおいしかった。。。

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世界三大珍味のひとつ、フォアグラ食べました。1キロちょっとで3000円しないくらい。ブダペストでは安く生のフォアグラが手に入るんです。
なんとも贅沢に、フォアグラ丼。ちょっと焼いただけで油がじゅわーって。その油もごはんにあう!!うま味たっぷりです。その油でナス焼いて、、、あーもう思いだすだけで唾液が…wフォアグラは言うまでもなく美味。うま味ぎっしりでした。動物保護団体から非難を受けてるフォアグラ飼育らしいので、早めにブダペストで食べることをお勧めします。
ほんと、おいしいから。

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before

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after

ハンガリー料理も食べました。宿のスタッフ、ジャッキーさん(日本人)がハンガリー名物グヤーシュを作ってくれた。なんか、給食で食べたような懐かしい味でおいしかった。


次の日のシェア飯は鍋だったけど、ダンスを見に行くことにしてたので食べれませんでした。すごく残念。

お酒は弱い私ですが、ここの名産トカイワインは飲んでみました。
アイスワインのように、あまいワイン。でも甘すぎず、渋いワインの苦手な私にはとてもおいしかったです。


最終日は、朝の4時出発だったので、起きれる自信なく、起きていた何人かとトランプ大富豪で時間をつぶしました。ほんと、誰かの家みたいwこういうの久しぶり…


ランドリーフリーだし、最高の宿でした。
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