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2009.06.26 壁@ベルリン


ベルリンに来た目的はベルリンの壁を見ること。

WW2後、1945年から東西に分けられたベルリン。東から西へ流れる人を止めるために1961年に壁が建設され、1989年まで27年間も壁はあったのです。て、常識ですよね。私も壁のことは知ってたけど、ちゃんと調べてみて、その年月にびっくりしました。最近じゃん。まだ壁崩壊から20年しか経ってないし。私の生まれたとき、ドイツはドイツじゃなくて、西ドイツと東ドイツだったんだ。恥ずかしながら、その現実をやっと今、認識したのでした。


ガイドブックに載ってる範囲の壁の跡はほぼ全て歩きました。(全部じゃないのは道を間違えたときがあったから…w)実際には西ベルリン全体をぐるっと壁で囲んでたんだから、東ドイツの人たちも御苦労なことです。

壁がどこにあったかは、地図と標識。交差点には必ずこの「Berliner Mauer」ってのがあって、辿れるようになってます。

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壁も、一部残されています。

@east side gallaly
ここは残された壁に世界各国のアーティストが絵を描いているところ。素晴らしいアート。日本の作品もありました。

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@ベルリンの壁記録センター
この通りには国境沿いに建物がたくさんあり、窓から飛び降りて脱出を図る人がたくさんいたようです。センターの前には、一部当時の壁と、東側の監視領域も残されています。これがずーーーっと続いてたなんて、異様ですよね。

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@壁博物館(check point charley)
西と東の関所は3つ。A(アルファ),B(ブラボー),C(チャーリー)。この一つのチャーリーの角の一つの建物が博物館になってます。個人の人が作ったものでしたが、壁に関する様々なものが寄贈され、貴重な博物館です。

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車に隠れて西へ脱出

これら以外にも、壁を使ったアートがたまにあるくらい。場所によってはこんな壁の跡を示すようになってたり。でも、ほどんどは今は普通の道でした。

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ここも壁があった。
住宅街を歩いてると、アパートにまぎれて、監視塔が残ってました。これは驚いた。しかも、東ドイツの旗と、監視員の人形付き…怖かったです。

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DDRmuseumにも行ってきました。ここは東ドイツの市民の生活を紹介してる博物館。
最初の印象は、貧しい様子もなく、女性の社会進出も発展していて、豊かなイメージでした。が、よくよくみると、自由がない。服も作るのは政府で、西に一歩遅れたはやりを取り入れていたそう。家の中も一見普通だけど、壁紙の種類は限られていて、TVの内容も教育的というか、西のようなnewsやダンスバラエティーみたいのはなかった様子。コーヒー100%のものは高く、コーヒーmixという麦とかが混ざったものが主流だったよう。

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International shopは、西のものなど買えたが、海外の通貨で高く、ほどんどは偉いお金持ってる人たちのための店だった様子。

東のことしか知らなかったら、気にならなかったんだろうけど、外の情報を得るとその時自由のなさに気づいてしまうんだろうな。政府も、情報の制限はしきれなかったようだ。



自由ってなんだろう。


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check point charly にあった看板(今もレプリカがある)
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